本田技研工業(株)さんには1年間通訳のお仕事を
月曜から金曜まで9時から5時までフルタイムでサラリーマンのように働かせていただき、
本当にお世話になった。
アメリカはオハイオ州メリーズビル市にホンダの母工場がある。
日産自動車さんにも同様に1年間お世話になったが、
私にはホンダさんのほうが強烈に記憶に残っている。
それはなぜか?
本田総一郎氏の哲学があまりにもユニークであったせいじゃないだろうか?
まず、本田米国本社には社長室がない。
社長の立派な大きなデスクもない。
社長のための広々としたスペースもない。
社長といえども、社長のための駐車場もないので、
遅い時間に出勤すると、社長といえども駐車場の端っこに
車を止めて10分間くらいあるいてやっと玄関のドアにたどり着く。
オハイオの冬は北海道旭川並みの寒さ。
10分間も歩くと、耳が紫色になる。
社長もそうやって歩く。
会議をしてもどこに社長が混ざって座っているかわからない。
平社員と全く同じ作業服を着ているので。
ホンダさんでは会議といわない。「ワイガヤ」という。
ワイワイ、ガヤガヤと自由に会議をするから。
課長、部長、本部長、専務、常務、社長の存在に
気にせず言いたいことを言えるようにとの本田総一郎氏
の哲学だ。
通訳にとって、この「ワイガヤ」は地獄だった。
2,3人が同時にしゃべられるともう通訳ができない。
本田総一郎氏の逸話をある方から聞いた。
彼はとにかく車のオイルの臭いが香水よりもいい香りだという人。
いつも現場で車をいじっているのが好きな人だった。
顔も手も体全体がオイルまみれできたなくなって、
現場でいつも働いていた。
ある日、作業が終わって平社員に混じって手を洗おうとしていた。
そのとき本田総一郎氏はちょっといけないことをしてしまった。
列を乱して先に手を洗おうとした。
すると、本田総一郎氏の顔を知らない20代の平社員が
「列を乱すなよ、おっさん!」といった。
傍でそれを見ていた部長さんが
「誰に怒っているのか知っているのか」といった。
本田総一郎氏は、
「いいんだ、いいんだ。割り込んだ俺が悪かった」 と言ったそうだ。
とにかく、お上品とは程遠い社風だった。
でも、そんな気さくな社風が私は大好きだった。
人使いが荒いと苦情をいいながらも社員は会社に感謝し
会社を愛している姿は、見ていてうらやましかった。